井上勝也

かみそりの一夜に金精(さび)て五月雨 という句は、江戸中期の俳人凡兆の作です。梅雨の湿った環境では、かみそりでも包丁でも、急速に赤錆になります。ステンレスの刃物を使っていれば実感が薄いのですが、従来の刃物を使えばいつも経験することです。 さびに金精の字をあてているのは、鉄という金物の精が浮き出たと思ったのでしょう。平たく言えば、身から出たさびです。日本語では、普通「錆」を使いますが、古典的大著 上田万年「大字典」(講談社)には、字源未詳、精也と注す、金の最も良きものの義か、とあります。中国語の「銹」は、まさしく金物から突出したもののことなので同じ字義です。 ついでに言うと、日本人好みの「わび・さび」が、さびの色調から来たことは疑いありません。 この場合は、「寂」の字をあてています。古びて閑寂の趣がある。 芭蕉あたりが寂びを言うときは、もっと深遠な意味でしょうが、分かるようでとらえようのないところが日本的です。